どのプリントヘッドを使えばいいでしょうか?
今回の記事で取り上げたいのは、「どのプリントヘッドを使うべきか」というよくある質問です。なぜこの質問が多いのでしょうか? おそらく、多くの選択肢がありすぎて、それらの違いを説明するための情報源が不足しているためだと思います。選択肢の多さはどうしようもありませんが、絞り込むために考えるべき重要な要素について説明します。ヘッドメーカーにではなく、設計・構造に焦点を当てます。つまり、スピード、解像度、周波数、インクの種類などの普遍的な検討事項について説明します。
印刷サイズ
まず最初に考えなければならないのは、印刷成果物のイメージです。インクと同じように、これは何よりもまず用途によって決まります。牛乳パックに賞味期限を印刷する場合にはビルボード(巨大広告)を印刷する場合とは異なる外観が求められますし、複合材に木目のような凹凸を印刷する場合も同様です。印刷物の外観には様々な着目点がありますが、使用するプリントヘッドを決定する上で重要な要素は解像度です。
解像度はDPI(dot positions per inch;1インチあたりのドット数)という単位で表されます。解像度が高ければ高いほど、1インチあたりの印刷液滴数が多くなり、また液滴サイズが少なくなります。特定用途に必要な解像度を決めるには、さまざまな条件があります。例えば、視認距離があります。ある距離を超えると、印刷解像度72dpiの画像と1200dpiの画像の違いを見分けることができなくなるため、必要以上に高い解像度で印刷することは時間とコスト、技術・システムの複雑さの無駄です。また、どの程度の解像度が必要かには、印刷対象が何であるかも関係してきます。100dpiと1000dpiの違いは、カーペットでは分からないですが写真用紙の場合は顕著です。
印刷評価や競合との比較などをおこない目標の印刷解像度を決めたら、それに必要なドットサイズを計算で求めることができます。360dpi(1インチあたり360ドット)であれば、1ドットの直径はざっくり1/360インチ(=70.56um)ということになります。必要なドット径が分かれば、次はその大きさのドットを形成するために必要な液滴体積を決めます。ほとんどのプリントヘッドメーカーは、印刷面をカバーする(インクで完全に覆う)ために必要なインクの広がりを想定して、解像度に合わせて液滴体積を調整しています。各解像度で必要な液適量の想定は、表面に対するインクの濡れ広がり方、すなわちインクの特性に大きく依存します。これは1パス印刷で説明すると理解しやすいので、10年前と現在のラベル印刷における一般的な解像度でのヘッドの主要な特性を比較表にしてみました。
ここから、所望の印刷をおこなうために必要な液滴体積を見積もります。幸いなことに、プリントヘッドメーカーは、そのヘッドが生み出す典型的な液適量を仕様として提示しているので、最初から選択肢を絞ることができます。
印刷速度
次のステップは、その解像度の画像をプリントヘッドの各候補がどの程度の速度で生成できるかを検証し、それが想定している用途にとって許容できるかどうかを判断します。そのためには、プリントヘッドの吐出周波数(1秒あたりに吐出できる液滴数)を比較する必要があります。吐出周波数もまた、プリントヘッドの仕様として謳われているものです。インクジェットプリントヘッドの場合、これは一般的にkHzオーダー、つまり1秒間に数千滴のレベルの生成がされます。ヘッドが1秒間に吐出できる液滴数(周波数)を1インチあたりに必要な液滴数(解像度)で割ることで、1秒間にプリントヘッドの下で印刷素材を動かすことができる最大距離、すなわち最高印刷速度を算出することができます。上の表に、幾つかの印刷速度を実現するためにヘッドに求められる吐出周波数を計算して載せました。この値を見ると、1200dpiの印刷解像度には、360dpiのときの2〜3倍の頻度でドロップを吐出する必要があることがわかります。プリントヘッドの選択肢は高解像度・高周波数の仕様を満たすものに限られ、そうでなければ印刷素材を動かす速度を下げる(=印刷速度を下げる)必要があります。
留意してほしい点がひとつあります。個々のドットの視認性とインクのカバー率とを両立するために、ヘッドメーカーはグレースケールヘッドを開発しました。このプリントヘッドは、印加する波形に応じて複数種類の体積の液滴を生成できます。これは画期的な発明ですが、下の表に示すように、液滴の大きさによって吐出に必要な時間(=吐出周波数の最大値)が異なる、という事実を覚えておいてください。
なぜこれが重要なのか? 多くの場合、プリントヘッドの仕様書に記載されている最高吐出周波数はバイナリーモードの単一パルスの場合で、一方最大液適量の仕様はグレースケール(マルチパルス)で実現できるものを記載しています。最大液適量を吐出する際の最高吐出周波数は通常低く、バイナリーモードのときほど高い周波数では吐出できないのです。
これを念頭に置いておき、印刷に必要な速度と吐出周波数が決まれば、プリントヘッドの採用候補を更に絞り込むことができるでしょう。
必要なプリントヘッドがこの世に存在しない場合は?
例えば、1200dpiの印刷解像度、10m/sの速度で印刷したいと考えた場合、計算で472kHzの周波数で印刷する必要があると判明したとします。市場に出回っているプリントヘッドの中には、この条件を満たすものはありませんでした。自分でプリントヘッドを発明する前に、必要な性能を実現できる方法があります。
1つ目のテクニックは、プリントヘッドを複数使う方法です。プリントプロセスに2つのプリントヘッドを連続して配置することで、スループットを2倍にすることができるのです。この場合、各プリントヘッドを600dpi、472kHzでプリントさせるか、1200dpi、236kHzでプリントさせるかのどちらかになります。このように、複数のプリントヘッド配置することで、各ヘッドに要求されるスループットを低減し、達成可能なレベルにまで高めることができます。
2つ目のテクニックとして、「見かけの解像度」という概念があります。基本的な考え方は、(複数サイズの液滴を使う)グレースケールのインクジェットプリントは、単一液滴サイズで構成されたより高解像度のプリントと視覚的に同等である、というものです。見た目の解像度を落とさずに、印刷解像度の要求を下げることができるのです。この技術にもっと興味がある方は、調べてみてください。
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使用するインクの種類
チェックすべき点の最後は、使おうとしているインク種類にそのヘッドが耐えられるか、という点です。プリントヘッドのメーカーは、データシートにインク種類ごとの適合性(UV、溶剤、水性など)を必ず記載しています。しかし、思い込みには注意が必要です。各タイプのインクがすべて同じとは限りません。
もしあなたが印刷業者やコンバーターで、新しいインクを与えられた場合、インクメーカーに適合性のテストをどのようにおこなったか聞いてみてください。通常、「承認」または「認定」されたインクは、最低でも加速試験のプロセスを経ています。
もしあなたがインクメーカーであれば、特定のヘッドのマテコン(材料適合性)キット(MCK)を入手することは賢明な方法です。一応、供給可能なデータも要求しましょう。あるいは、メーカーにお金を払ってテストをしてもらえる場合もあります。ただ、インクがヘッドの素材をアタックした場合、通常はそのヘッドは修理できませんので、確認項目としては非常に重要です。チェックリストに入れておくことを忘れないでください。
開発の自由度
プリントヘッドを使って何をしてもいいのかという点では、プリントヘッドメーカーごとに方針は異なります。プリントヘッドでの開発の自由度は、メーカーごとに大きく異なります。例えば、プリントヘッドに印加する波形を変更することを許容しているメーカーの場合、お使いのインクに合わせてあなた自身で波形を最適化できます。また、波形を変更できないメーカーもあり、その場合は波形に合わせてインクを開発する必要があります。また、メーカーによっては、プリントヘッドの構造をオープンにしているところもあり、ラボなど、メーカーのプリンター以外の場所でも使用することができます。もし、JetXpert液滴観測装置やJetXpertプリントステーションでプリントヘッドを使いたい場合、それをプリントヘッドメーカーが許しているプリントヘッドに限定されます。このように、メーカーのプリンターや初期設定以外で自由に開発できることは、すべてのインクジェット開発のスタイルに役立つわけではありませんが、一部の人にとっては非常に有益なことなので、検討してみる価値はあるでしょう。
結論
ここまで読み進めてきて、プリントヘッドを選択するためには、目標とする印刷解像度と速度を考慮する必要があることが理解いただけたと思います。それらが、DOD(ドロップ・オン・デマンド)、CIJ(コンティニュアス・インクジェット)、その他のプリントヘッドデザインなど、どのカテゴリーの技術が必要なスペックを満たしているかを判断する指標になります。その上で、メーカーやプリントヘッドのモデルごとに、どのような機能があるのかを掘り下げていくことで、ニーズやインクに合ったものを見つけることができます。厳密なルールがあるわけではありませんが、いくつかの既存の用途別の様々な要件を見てみるのも良いでしょう。以下の表では、用途別に、ヘッド選定に影響を与える可能性のある要求仕様を網羅的にまとめています。